金融デリバティブに関して、判例をご紹介します。
顧客は,平成12年の本件商品の購入時には70歳を超える高齢者ではあったものの,平成元年までは農水省に勤務し,その後も役場で勤めるなどしており,本件商品購入当時も,会社勤めをして,総務関係の仕事をしていました。
顧客は,自己名義の預金は600万円程度しか有していなかったものの,保険や子供名義の預金を有していたほか,畑等の土地を所有しており,収入は年金及び給料を合わせて月30万円程度ありました。
顧客は,平成7年から平成9年まで,外国債券や外国投資信託等の投資を行っており,少なくとも465万円以上の規模の取引を行っていました。
エース証券株式会社
顧客は,証券会社の担当者の違法な勧誘によって,上記商品を購入させられたと主張して,取引損害,慰謝料,弁護士費用合計613万6527円の支払を求めて提訴しました。
証券会社の担当者は,平成12年1月ころ,顧客の自宅を訪問し,本件NTTデータEBの購入を勧誘しました。
担当者は,パンフレットを示しながら,本件NTTデータEBは,ノルウェー輸出金融公庫が発行するNTTデータを対象とした3か月満期の債券であり,利率は年率10パーセントであること,当初のNTTデータの株価より3か月後のNTTデータの株価が上昇していたら元金プラス年率10パーセントのクーポンを取得でき,3か月後のNTTデータの株価が当初のNTTデータの株価以下ならNTTデータの株券プラス年率10パーセントのクーポンで償還になるが,NTTデータの株価が1度でも10パーセント以上上がった場合は元金と年率10パーセントのクーポンに加えて,年率10パーセントのボーナスクーポンを取得できる旨の説明をしました。
そして,担当者は,もしNTTデータの株券で償還されたとしても,NTTデータの企業内容や当時のIT業界の環境等からするとNTTデータの株価は上昇するはずであるから,それまで保有すればよいという旨の説明をしました。
また,担当者は,本件NTTデータEBについて,満期までの3か月間,売却等できないことを説明しました。ただし,株価と償還条件の関連性については上記パンフレットを示しながらパンフレットに記載された内容について口頭で説明したのみでした。
また,パンフレットは,A4縦の用紙1枚であり,株式償還の可能性については,中段やや下寄りに若干ポイントを落とした文字で,平成12年4月25日のNTTデータの東証終値が当初株価より低い時はNTTデータの株券と年率10パーセントの利息で償還される旨が記載され,さらに下の方に,小さな文字で,「※株式への転換は投資家の任意で転換できるものではなく上記の条件によって自動的に転換されます。※この債券の償還額は対象株式の株価に左右され,元金が保証されているものではありません。」と記載されていました。
顧客は,平成12年2月2日に,証券会社から,本件NTTデータEB2口分を406万円で購入しました。
証券会社の担当者は,平成12年3月末ころ,本件ソニーEBの勧誘のために顧客宅を訪問しました。
担当者は,パンフレットを示しながら,本件ソニーEBは,コメルツバンクが発行するソニーを対象とする3か月満期の債券であり,利率は年率10パーセントであること,当初決められたソニーの株価より3か月後のソニーの株価が上昇しておれば,元金プラス年率10パーセントのクーポンが取得でき,それ未満であればソニーの株券プラス年率10パーセントのクーポンが取得できることを説明しました。
さらに,担当者は,ボーナスクーポンについて,同年4月6日から同年6月29日までの間にソニーの株価が1度でも行使価格の105パーセント以上の値を付けたときには年率3パーセントのボーナスクーポンが加算され,112パーセント以上の値を付けたときは同様に年率5.5パーセントが加算され,それぞれ合計で年率13パーセント,年率15.5パーセントのクーポンを取得できることを説明しました。
そして,担当者は,株式償還となった場合でも,後に株価が値上がりし,損失が回復することがあることなどを説明しました。
担当者は,ソニーの事業内容や業績について口頭で説明し,ソニーの株価の動きについては,口頭で高値と現在の値段を伝えました。
パンフレットは,A4横の用紙1枚で,株式償還の可能性についての記載は,右下の方に縦5センチメートル横11センチメートル程度の囲みの中に比較的小さな文字で償還条件が5パターン記載されており,その中に,「ケース③一度はソニーの株価が行使価格の105%以上に達したが112%未満で,行使価格>評価価格の場合 確定クーポン年率10.00%+ボーナスクーポン年率3.00%+ソニーの株券」という記載と「ケース⑤一度もソニーの株価が行使価格の105%以上に達さず,行使価格>評価価格の場合 確定クーポン年率10.00%+ソニーの株券」という記載があるほか,上記囲みの下に「※本債券は対象株式の株価に左右され,元金が保証されるものではありません」という記載がありました。
顧客は,平成12年4月7日に,298万4000円で本件ソニーEB2口分を購入しました。
裁判所は,
①顧客の資産状況(顧客は,自己名義の預金は600万円程度しか有していなかったものの,保険や子供名義の預金を有していたほか,畑等の土地を所有しており,収入は月30万円程度であったこと),
②顧客の職歴(顧客は,平成元年までは農水省に勤務し,その後も役場で勤めるなどしており,本件各EB債購入当時も,会社勤めをして,総務関係の仕事をしていたこと),
③顧客の取引経験(顧客は,平成7年から平成9年まで,外国債券や外国投資信託等の投資を行っており,少なくとも465万円以上の規模の取引を行っていたこと)
を重視し,本件において適合性原則はないと判断しました。
裁判所は,証券会社が,EB債の勧誘に当たって果たすべき説明義務は,EB債の有する危険性(リスク)を説明することであり,具体的には,
①社債であることから発行体の信用リスクがあること,
②対象株式の株価が下落した場合に株式償還されること,
③EB債が原則として途中売却できないこと
を証券会社は説明しなければならないと判断しました。
この中でも,②のリスクについては,EB債が,予め一定の利率を保障された社債であるにもかかわらず元金は保障されておらず,対象株式の株価下落により株式で償還される可能性もある点で,購入者に誤解を招きやすい商品であるといえるため,株式償還される可能性について,顧客の知識,経験及び取引意向等に照らして具体的に理解することができるように説明しなければならないと裁判所は判示しました。
その上で,裁判所は,本件の顧客のように,これまで株式取引の経験がなく,外国債券や外国投資信託の投資経験しか有しておらず,株式に対して苦手意識を表明している者に対して,EB債の勧誘をするに当たっては,株価下落の可能性,株式償還の可能性及び株式償還により原告が被るリスクについて抽象的に説明するだけでは足りず,勧誘時点の対象株式の値動き状況,当該会社の状況,業績,償還日に取得する株式数,それによりどの程度の評価損を受ける可能性があるかについて,具体的な数字を挙げる等して説明し理解させる必要があると判示しました。
この点,担当者が顧客に本件各EB債の購入を勧誘したころのNTTデータやソニーの株価は,急激に上がった後で(購入時とその1年前を比べると,株価が3倍以上に上がっていました。),かなり激しく上下に動いている不安定な状態でした。
ところが,担当者は,本件各EB債の勧誘にあたり,株価に関する資料を示すこともなく,単純に,今後も上がるという楽観的な見通しを伝え,株式償還になっても上がるまで待てばよいなどと説明し,株式償還リスクについては,パンフレットに記載されていることのみしか説明しませんでした。
以上の事情を踏まえ,裁判所は,担当者の説明は,株式取引の経験が無く,株式に対して苦手意識を表明していた原告に対する説明としては,株価下落の可能性,株式償還の可能性及び株式償還により原告が被るリスクについての説明としては不十分かつ不適切であると判断しました。
顧客は,平成元年まで農水省に勤務し,退職後も役場や会社で勤めており,本件各EB債購入時も,会社で総務の仕事をしており,社会的な知識,経験,判断力において欠けていたという事情はありませんでした。
また,顧客は,株式取引にはリスクが伴うことを認識しており,本件各EB債購入前にも,外国債券や外国投資信託を購入した経験がありました。
そして,顧客は,担当者から本件各EB債について説明を受けており,担当者から交付されたパンフレットなどを見て,株式償還リスクについて知る機会はありました。
さらに,顧客が本件各EB債について株式償還を受けた後,当該株式を売却しなかったために,評価損が拡大したという事情もありました。
そこで,裁判所は,本件各EB債の購入によって顧客が損害を被ったことについては,顧客にも相当の過失が認められるとして,5割の過失相殺を認めました。
本件ソニーEBは,利率は年率10パーセントであり,①当初決められたソニーの株価より3か月後のソニーの株価が上昇しておれば,顧客は,元金プラス年率10パーセントのクーポンを取得でき,②それ未満であれば,顧客は,ソニーの株券プラス年率10パーセントのクーポンを取得できます。
さらに,ボーナスクーポンについて,③同年4月6日から同年6月29日までの間にソニーの株価が1度でも行使価格の105パーセント以上の値を付けたときには年率3パーセントのボーナスクーポンが加算され,④112パーセント以上の値を付けたときは同様に年率5.5パーセントが加算されます。
発行体 | ノルウェー輸出金融公社 |
---|---|
対象株式 | NTTデータ |
1券面の額(行使価格) | 平成12年1月31日のNTTデータ株の東京証券取引所(以下「東証」という。)の後場寄付値 →1株あたり203万円でした。 |
発行日 | 平成12年2月2日 |
受渡日 | 平成12年2月3日 |
評価価格 | 平成12年4月25日のNTTデータ株の東証終値 |
評価期間 | 平成12年2月2日から同年4月25日 |
償還日 | 平成12年5月2日 |
クーポンの利率 | 年率10パーセント(確定クーポン) ※ただし,評価期間中にNTTデータの東証での株価が1度でも当初株価の110パーセント以上となったときは,さらに年率10パーセントのボーナスクーポンが加わります。 |
償還日 | 平成12年5月2日 |
償還条件 | ① 評価価格が行使価格以上の場合は,現金(及びクーポン)で償還されます。 ② 評価価格が行使価格より低い場合は,NTTデータ株(及びクーポン)で償還されます。 |
発行体 | コメルツバンク |
---|---|
対象株式 | ソニー |
1券面の額 | 行使価格×100 |
行使価格 | 平成12年4月4日のソニー株の東証前場寄付値 →1株あたり1万4920円でした。 |
発行日 | 平成12年4月6日 |
受渡日 | 平成12年4月7日 |
評価期間 | 平成12年6月29日のソニー株の東証終値 |
観察期間 | 平成12年4月6日から同年6月29日 |
償還日 | 平成12年7月6日 |
クーポンの利率 | 年率10パーセント(確定クーポン) ※ただし,観察期間中のソニーの株価の状況によって,さらにボーナスクーポンが加わります。 |
償還条件及び利率(クーポン)の詳細 | 観察期間中のソニーの株価の状況によって,以下のとおり償還され,利率(クーポン)が加わる。 ① 観察期間中に一度でもソニーの株価が行使価格の112パーセント以上に達した場合
② 観察期間中に一度はソニーの株価が行使価格の105パーセント以上に達したが,112パーセント未満で,評価価格が行使価格以上の場合
③ 観察期間中に一度はソニーの株価が行使価格の105パーセント以上に達したが,112パーセント未満で,評価価格が行使価格未満の場合
④ 観察期間中に一度もソニーの株価が行使価格の105パーセント以上に達さず,評価価格が行使価格以上の場合
⑤ 観察期間中に一度もソニーの株価が行使価格の105パーセント以上に達さず,評価価格が行使価格未満の場合
|